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甲府地方裁判所 昭和34年(ワ)115号 判決 1963年8月29日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対して別紙第一目録の土地につき甲府地方法務局昭和三〇年一二月一九日受附第八四一五号をもつて経由された同年六月三〇日付代物弁済による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、原告は昭和二八年一一月二七日被告より金五〇万円を利息月七分、弁済期同二九年二月二八日と云う約束で借受けた。その際原告所有の別紙第一、第二目録の各土地の登記簿上の所有名義は原告とその兄姉弟の共有となつていたのでこれを原告の単独名義とした上右消費貸借上の被告の債権の担保に提供しようという話が、原、被告間であり、その登記手続に必要な書類実印等を司法書士猪狩安蔵に交付していたところ、被告はこれを利用して右土地につき請求の趣旨のような代物弁済による被告のための所有権移転登記を経由した。然し原告は右土地につき右のような代物弁済をしたことはないので、右登記は原因を欠き無効である。よつて原告は右土地中現に被告名義となつている別紙第一目録の土地につき、被告に対して右登記の抹消登記手続を求める。と述べ、抗弁事実に対して、抗弁事実中右消費貸借上の原告の債務につき長田ふじが連帯保証をしたこと、被告主張のような即決和解がなされ、その調書の存在すること、長田ふじが原告の姉であることは認めるが、その余の事実はすべて争う。右和解成立の頃原告は重症の結核で助骨切除手術のため入院中であり、猪狩安蔵や長田ふじに右和解の締結を委任したことも長田ふじに猪狩に右和解をすることを委任するよう依頼したことも全くない。原告は右和解については全く関知せず、被告は原告が右のように入院し重態であつたので、万一をおそれ、被告と原告の弟長田寛との間でなされていた消費貸借につき昭和三〇年三月三日即決和解が成立した際本件消費貸借についても担保を確保すべく、擅に猪狩安蔵を原告の代理人として右和解をしたのである。又、被告は表見代理を主張するが、元来訴訟行為である和解に表見代理の法理は適用せられないし、適用せられるとしても右のような事情であるから表見代理の成立する余地はない。又原告は被告主張の頃実印、印鑑証明書等を長田ふじ、長田通雄を通じて猪狩安蔵に交付したことはあるが、一は原告が従来兄兼作の不在者財産管理人となつていたのを解任してもらう手続のためであり、一は右土地につき前述の消費貸借とは関係なく原告の単独所有に登記手続をするためであり、右和解とはなんらの関係がない。ところが、猪狩は被告とともに右書類等を利用して原告の知らぬまに請求の趣旨のような登記を経てしまつたのである。

再抗弁として、仮に右和解が原告に効力を生ずるとしてもその頃別紙第一、第二目録の土地中泉町所在のものは坪三万円約五八〇万円、二十人町所在のものは坪五千円計約一七〇万円であり、合計七五〇万円であり、右消費貸借上の債務についてはその頃までに原告は利息、遅延損害金として二〇万六千円を支払つていたのであるから、僅か五〇万円の元本とその余の損害金のため右債権額の一〇余倍の右土地を代物弁済に提供する右契約は極めて不当なものであり、しかもその弁済期は即日とせられ、猶予期間はあるもののその後一日五〇〇円の遅延損害金を附加して支払うと云う内容であり、原告の困窮に乗じて被告において不当な利益をむさぼるものであるから、右契約は公序良俗に反し無効である。と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の頃(但し昭和二八年一一月二七日でなく二八日である)原被告間に原告主張のような消費貸借が成立したこと、その頃別紙第一、第二目録の土地は原告の所有ではあつたが登記簿上原告とその兄姉弟等の共有名義となつていたこと、被告が右土地につき原告主張のような登記を経たことは認めるがその余の事実は争う。と述べ、

抗弁として次のように述べた。

一、右消費貸借成立の折、原被告間で右消費貸借上の被告の債権担保のため、原被告間において原告所有の別紙第一、二目録の土地を原告が売渡担保として被告に提供すること、原告は右土地の登記名義を原告の単独所有とした上同年一二月半までに被告に対して右売渡担保による所有権移転登記手続をすることとの契約がなされ、原告の姉長田ふじが原告の右消費貸借並に担保契約上の債務につき連帯保証をした。然るに原告は右債務を支払わず右担保契約の履行をしないまま、右債務につき被告と交渉して解決することを長田ふじに委ねていたが、昭和三〇年三月頃になつてその実印を長田ふじに渡し、右解決のため被告を相手方として甲府簡易裁判所に和解の申立をすること及び同人或いはその選任する者に右和解期日に出頭して和解をすることを委任した。長田ふじはこれに基き和解の申立をし、原告の右和解にかんする訴訟代理人に猪狩安蔵を選任し、猪狩と被告等との間に昭和三〇年三月三日甲府簡易裁判所で次のような和解が成立した。

条項一、申立人長田時雄(本件原告)は相手方(本件被告)に対して昭和二八年一一月二八日借受けた金五〇万円の元利金債務が六三万円であることを認め、本日甲府市横沢町四五番地佐藤孝文方で支払う。もし本日支払が出来ないときは相手方は昭和三〇年六月三〇日まで弁済期を猶予し、申立人長田時雄は同年三月四日以後一日金五〇〇円づつの損害金を支払うこと。

条項二、申立人等は昭和三〇年三月一〇日限り別紙目録の土地(本件別紙第一目録一、二、三、第二目録の土地)に対する申立人等のなした所有権保存登記の抹消登記手続をすること。

条項三、申立人長田時雄は相手方に対し昭和三〇年三月一〇日限り別紙目録の土地に対し所有権移転請求権保全の仮登記をなし昭和三〇年六月三〇日までに第一項の債務を完済しないときは代物弁済として直に右土地に対して所有権移転登記手続をなすこと。

即ち右和解において右債務が減額せられその期限が猶予せられるとともに右土地につき停止条件附代物弁済契約がなされた。仮に猪狩安蔵に右代理権がなかつたとしても、猪狩は右消費貸借と担保契約に当初より関係し、右担保契約の履行のため別紙第一、第二目録の土地を原告の単独所有名義とする登記手続をなすことを原告より受任していたのであり、原告の実印の押捺されている右和解のための委任状を提出して右期日に長田ふじとともに出頭し長田ふじも右代理に何んらの異論もなく、裁判所も右代理を許可したのであるから、被告は猪狩に右代理権があると信じたのであり、そう信ずるにつき正当の事由があつた。

仮に右主張が理由がないとしても、原告は昭和三〇年一二月一〇日頃右和解条項二、で定められた右土地の所有名義を原告の単独名義とし、同三、で定められた代物弁済による所有権移転登記手続をするため長田ふじを通じて猪狩安蔵に実印と印鑑証明書を交付して右手続を委任し、他の兄姉弟と共同して前者の手続を、被告と共同して後者の手続を申請し、同年同月一九日各その登記を経由した。

したがつて原告はその折、右和解により定められた右契約を追認する旨の意思表示を猪狩や被告に対してなしたものである。したがつて右和解は有効である。

二、右和解でなされた停止条件附代物弁済契約は、原告が右債務の支払をしなかつたので昭和三〇年六月三〇日の経過とともに条件が成就し代物弁済が効力を生じた。そこで、被告は原告と共同して前述のごとき経緯で右代物弁済による被告のための所有権移転登記を申請し適法にその登記を経た。

三、仮に右和解がその効力がなく、右登記手続が原告の意思に基かないとしても、被告は右消費貸借成立の折すでに右売渡担保契約により別紙第一、二目録の土地の所有権を取得したのであるから右登記は実体関係に符合するし、原告は右消費貸借の弁済期を徒過したのでもはや右債務を弁済して右土地の所有権を取戻し得ないのであるから今更右登記の抹消登記手続を請求出来ない。

再抗弁事実に対し、右和解による代物弁済契約の折、右土地はすべて他へ借地していたものでありその更地価格がいくらであろうと換金性に乏しく担保としての価値は少なかつた。と述べた。

立証(省略)

理由

別紙第一、二目録の土地につき甲府地方法務局昭和三〇年一二月一九日受附第八四一五号をもつて同年六月三〇日付代物弁済による被告のための所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争がない。原告は右登記は無効であると主張するので判断する。

一、被告が昭和二八年一一月末頃原告に対して金五〇万円を利息月七分、弁済期同二九年二月末日と定めて貸付け、原告の姉長田ふじが原告の右債務につき連帯保証をしたことその頃別紙第一、二目録の土地が原告の所有に属していたが登記簿上原告とその姉兄弟等の共有名義になつていたことは当事者間に争がない。右争ない事実と成立に争ない甲第四号証、乙第四号証、証人長田ふじの証言(第一回)被告の供述(第一回)により認められる「長田ふじが原告の代理人として昭和二九年四月中右土地の一部を他に売却したところ被告はすでに自分に担保として提供されている土地につき無断で売却をしたとふじを責め、ふじはこれを認めて右売却代金を被告に支払つた」事実と成立に争ない甲第五号証、乙第一号証、証人長田ふじ(第一、二回)、猪狩安蔵(第一、二回)の証言原告(第一、二回)、被告(第一回)の供述によると右消費貸借成立の折、原被告間で右消費貸借上の被告の債権担保のため原告においてその弁済をしないときは原告所有の右土地を代物弁済として被告に所有権を移転すること、原告は右土地をその単独所有名義とした上昭和二八年一二月一五日までに被告のために右条件附代物弁済に基く所有権移転請求権保全の仮登記手続をすること、原告は右代物弁済による所有権移転登記手続に必要な書類を被告に交付し、被告は原告が右債務を支払わないときは右書類を利用して右登記手続をするとか他へ処分するとか自由になしうることとの約束をし、長田ふじが原告の右債務につき連帯保証をしたこと、原告は東京都に居住していたので甲府市に居住していた長田ふじにその実印を預け、右登記手続、代物弁済に伴う諸手続を長田ふじと司法書士猪狩安蔵に委ねたことが認められる。右認定に牴触する証人長田ふじの証言(第一、二回)原告の供述(第一、二回)の一部は信用し難く、又乙第一号証、第二号証の一等には売渡担保という言葉が使用されているが、これをもつて右担保契約が代物弁済契約であるとの右認定を左右し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

二、印影の真正であることにつき争がなく、証人猪狩安蔵の証言(第一回)によりその余の部分は猪狩安蔵の作成したものと認められる乙第二号証の一乃至六成立に争ない乙第二号証の七、同第七乃至一〇号証の各一、二、証人長田ふじ(第一、二回)、猪狩安蔵(第一、二回)の証言原告(第一回)被告(第一回)の供述を総合すると次のことが認められる。原告は弁済期に右債務の支払が出来ず、又前述の担保契約に基く仮登記手続とか諸書類の交附等もしないまま、郵便で昭和二九年八月頃まで度々一寸延しに右弁済期の猶予を求め、被告に承諾してもらつていたが、同年秋頃より結核が悪るくなり又早急に弁済出来る見透しもなくなつたのでその後自らは右債務等に関する交渉をすることなく、連帯保証人である姉長田ふじに対し右消費貸借、担保契約につき被告と交渉して解決する一切の権限を委ねた。その後長田ふじは昭和三〇年三月になつて特に原告とはかることもなく右契約に当初より関与した司法書士猪狩安蔵被告等と相談の上右契約につき即決和解をすることとし原告より預つていた印鑑を猪狩に渡して原告、長田ふじ、その兄弟等の名において被告を相手方とする即決和解の申立書を作成させ、甲府簡易裁判所に債務減額等の即決和解の申立をし、同月三日和解期日は開かれ、右期日には長田ふじ原告、原告の兄弟等の代理人としての長田ふじと被告が出頭して被告主張のような条項による和解が長田ふじと被告との間に成立したが、裁判所のすすめもあつて原告の代理人には長田ふじ以外の者を相当とすることとなり、長田ふじは原告の名において猪狩安蔵を原告の右和解についての代理人に選び、その旨の委任状を作成提出し、裁判官はこれを許可して、長田ふじ、原告の弟等の代理人長田ふじ、原告の代理人猪狩安蔵等と被告間に被告主張のような条項の和解が成立した。なお右のように猪狩を原告の代理人とした理由は、右土地が当時原告と長田ふじ、原告の兄弟等の共有名義になつていたところ、原告の単独名義にするため右和解条項二、で原告以外の共有者長田ふじ等がその登記の抹消登記手続をすることが定められたため、長田ふじが原告の代理をすると右条項に関しいわば相手方の代理人のような形になるので猪狩にその代理を委ねたものと推認される。

証人長田ふじの証言(第一、二回)、原告の供述(第一、二回)中右認定に牴触する部分は信用し難く他に右認定を左右すべき証拠はない。右事実によると原告は右消費貸借と代物弁済契約にかんし被告と交渉し解決するにつき一切を長田ふじに委ねてはいたがそのため具体的に右のような即決和解の申立をすること又右和解につき猪狩を代理人に選任したことも選任することを委ねたこともないのである。そして消費貸借、担保契約の解決につき右のような一般的な権限を与えていても訴訟行為就中和解についての代理権の授与は厳格に規定されていることから考えて、その権限中に和解の申立をするとか和解の代理人を選任する等の訴訟行為をなすことの委任が当然に含まれていたとは解せられず、そのためには更に具体的な授権が必要と考えられるので、右和解は訴訟行為としては無効と解せざるを得ない。然し和解は一面において訴訟行為であるが、反面私法上の契約であり、訴訟行為として無効であつてもその原因は右のように訴訟行為、和解の特質に基くものであるから、右原因は私法上の契約の瑕疵原因とはならない。そこで私法上の契約としての効力を検討する。前述のように原告の右消費貸借上の債務はいく度も弁済期が来たのを猶予してもらいなお支払えず、又条件附代物弁済契約もすでになされ、たゞ弁済期の猶予とともにその条件成就を免れて来ていた状態において原告は右債務と担保契約について被告と接衝して解決することの代理権限を長田ふじに委ねていたのであるから、右権限中には同人が代理人として或いは都合により更に代理人を選んで被告と右債務を減額して確認し、弁済期代物弁済の時期を更新する契約をすることは含まれていたものと解せられる。すると長田ふじの猪狩に対する委任、猪狩の右代理行為、そのなした右和解は私法上の行為としては有効であり、原告にその効力を及ぼすものと云わなければならない。

三、次に、原告は右契約は公序良俗に反すると主張するので検討する。証人柳沢要の証言、被告本人の供述(第一、二回)とこれにより成立の認められる乙第五号証の一乃至五第六号証の一乃至九鑑定人細田達太郎、同市川好男の鑑定の結果、成立に争ない乙第三号証によると右契約の頃右土地は他に借地中であり、借地権の存在する土地としてその価格は一〇〇万乃至一三〇万円位であることが認められ、右認定に牴触する証拠はない。すると右価額は右契約により定められた債権額六三万円と比較して不当に高価なものでもなく、又前記理由二、で述べた右代物弁済契約にいたる経緯によると原告の窮乏に乗じて被告において不当に利得するため右契約がなされたとも云い難い。したがつて右代物弁済契約が公序良俗に反するとの原告の主張は理由がない。

四、成立に争ない甲第一〇号証の一乃至四、乙第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証の一乃至七、第一四号証の一、二、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証、印影の真正であることに争がなく証人猪狩安蔵の証言によりその余の部分は同人の作成したものと認められる乙第一六号証の三と証人猪狩安蔵(第二回)長田ふじ(第二回)の証言、原告の供述(第二、三回)を総合すると原告長田ふじはその後も右債務を支払わず右条件附代物弁済は条件成就したが、被告主張の頃原告は長田ふじを通じて、実印、印鑑証明書等を猪狩安蔵に交付して右和解で定められた右土地を原告の単独名義とするための登記手続並に代物弁済による被告のため所有権移転登記手続をすることを委任し、原被告共同申請により右代物弁済による所有権移転登記を経由したことが認められる。証人長田ふじの証言(第二回)、原告の供述(第二、三回)中右認定に牴触する部分は信用し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

五、以上によると被告は原告との間でなされた代物弁済契約により適法に代物弁済として右土地の所有権を取得し、又適法にそれを原因とする登記を経たものである。

したがつて右登記は有効であるからその抹消登記手続を求める原告の請求は理由がない。よつて請求を棄却し訴訟費用を敗訴原告の負担とし主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

一、甲府市泉町第二八番の一

宅地 七一坪四合四勺

二、同市同町第六七番

宅地 一二二坪五合五勺

三、同市二十人町第六三番の一

宅地 一〇五坪九合四勺

四、同市同町第六六番の二(もと六六番)

宅地 三四坪五合

五、同市同町第六六番の三(もと六六番)

宅地 一九坪

六、同市同町第六六番の四(もと六六番)

宅地 一九坪四合

七、同市同町第六六番の七(もと六六番)

宅地 三二坪二合二勺

八、同市同町第六六番の八(もと六六番)

宅地 二九坪一合四勺

九、同市同町第六六番の九(もと六六番)

宅地 二七坪

第二目録

一、同市同町第六六番

宅地 一九二坪九合(現在六六番の一乃至九に分筆)

二、同市同町第六七番の一

宅地 四三坪

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